■世界の中の「日本国憲法9条」のひとつの見方


イラクから自衛隊が撤退するしないの議論がまたなされています。世論からはイラクの話は既にかなり忘れ去られており、議論も熱を帯びない様子。しかし、イラクでは人が日々苦しめられており、時に、まだ大規模な人の殺戮などが起きています。日本は、その「殺人」について、手こそ直接下してはいないかもしれないけれど、その原因を作り出し、戦争・殺人に協力をし続けています。9条を変えたいというのも、その協力の拡大のために他なりません。

さて、昨年、私は、イラク国際戦犯民衆法廷の取り組みで、他の国の方々へ「日本国憲法9条」を紹介する機会を得ました。その際の、他国の方の反応、飛び出した質問はとても興味深いものでした。今回は、下記、私が昨年まで続けていた国際戦犯民衆法廷についての原稿をご紹介し、その取り組みをご紹介がてら、世界の中での「日本国憲法9条」について考えてみたいと思います。
(そして、市民の力の可能性についても!)

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世界は市民の手に ~イラク国際戦犯民衆法廷を通じて~

 色とりどりに仮装をした人々や、顔に落書きをした人々が、プラカードを掲げて続いていく。カラフルな群衆が、そして、真剣な表情が、次々、ブラウン管を通じて目に飛び込む。アメリカ・イギリス・韓国・・・・そして日本。1000万人が世界中でイラク攻撃反対のデモを行い、市民の声が地球を一周した。
 市民の力は、まだまだ捨てたもんじゃない・・・私はその映像を見て、胸を高鳴らせ、いてもたってもいられない興奮に包まれていた。

 しかし、2003年3月20日、アメリカはイラクを攻撃した。攻撃の理由は、対テロ、イラクの大量破壊兵器の所持、そして、イラクの民主化であった。しかし、これらが名目にすぎなかったことは既に明らかになり、大量破壊兵器がなかったことなどはアメリカ政府自らが認める結果となっている。

●民衆法廷とは
 「イラク国際戦犯民衆法廷」とは、米英軍がなしたイラクに対する攻撃が違法であったか否かを問う取り組みである。
 日本国内で犯罪を犯すと、逮捕をされ、刑事裁判にかけられる。では、国際社会ではどうか。今、世界では、個人の犯罪行為を裁く「国際刑事裁判所」(以下「ICC」という。)が設立され、大規模な人権侵害をなしたとされる者はこの裁判所で裁かれることとなっている。第二次大戦の惨状を大いに反省した人類は、人権侵害が起きた場合にはこれを許さず、法で裁かれねばならないと悟った。特に、一国の長が関与している大規模な事件では、その国の長が首謀者であることからその者は裁きを免れることが多い。しかし、人権侵害は人権侵害である。見逃しては、将来の人権侵害も助長する。そこで、他国の出来事であっても、大規模な人権侵害がなされた場合には、裁判ができるようにしようと、幾多の努力が重ねられ、1998年にようやくICCが設立されたのである。
 しかし、アメリカはこのICCの規程を批准せず、この裁判所に参加しなかった。のみならずアメリカは、経済力を背景に、米国兵士をICCに引き渡さないようにとの二国間協定を参加国に押しつけている。なお、アメリカにならい日本もICC規程を批准していない。

アメリカ(およびこれに追従している日本)人は、何をやっても、この裁判所で裁かれない。しかし、そんなことが許されていいのか。
 無罪であるというのであれば、堂々と裁判の場で争えばよい。国際社会がイラク攻撃を裁けないならば、市民の力で裁判をしてやろうではないか。
 そして始められたのが、「国際戦犯民衆法廷」である。 

●動き出す国際戦犯民衆法廷
 このような経緯をもつ民衆法廷であるため、法廷は、現実の国連主催の国際刑事裁判所と同等のレベルで行われなくてはならなかった。判事はICCで判事となりうる資格や経験をもつ者が就任し、用いられる法律、立証の程度も、同レベルが求められた。
 被告人は、ブッシュ米大統領、ブレア英首相、そして、小泉純一郎日本国総理大臣である。また、検事団長がフィリピン国籍のカプロン氏であったことからアロヨ大統領も被告に加えられた。
 私は、被告人らを訴追する検事団の事務局長を務めたが、検事団は、極めて詳細にイラク攻撃を分析し、彼らを訴追した。攻撃の日時・場所・回数、使われた戦闘機の数、武器の名称、砲弾の数、破壊された村・建物の名前、死者数、被害者の名前、可能であれば各被害者の死亡時の状況等・・・限られた中で情報を集め、詳細に主張を固めた。そして、被告人らの行為を特定し、彼らの意図、軍への指示系統を調べ上げた。
 法廷の、その立証へのこだわりもすさまじく、イラクから証人を何人も呼び、直接の被害を語ってもらった。また、イラクから帰国したばかりのジャーナリスト、国連の中枢でイラク問題に関わっていた人等を証人として尋問した。国際法の専門家証人も数多く尋問した。日本におけるイラク民衆法廷の取り組みでは、多くの市民が日本各地で公聴会を開催をし、多くの証拠を収集した。1年に渡って、日本各地13カ所で、期日前証拠調べ(公聴会)を行った。
 時を同じくして世界でもイラク攻撃を批判して、多くの市民が民衆法廷に取り組み始めた。英国、韓国、インド、ベルギー、米国、フィリピン、スペイン、ドイツ、イタリア・・・、次々と民衆法廷の取り組みが立ち上がり、相互に連携し、証拠の共有を行った。
 まさに、イラク国際戦犯民衆法廷は「国際」「民衆」法廷であった。

●叶わなかった現地調査
 私は検事として、イラクまで行く覚悟でいた。イラクの現実は、日本に全く伝わってこない。想像だけで政治が語られる現実にも苛立っていた。
 我々は、イラク法廷の前に「9・11事件」の直後になされたアメリカによるアフガニスタンへの攻撃の是非を問う、「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」を行っていた。この際も、私は検事役であった。単なる断罪集会ではなく、証拠の裏付けをもってきちんと立証せねばならない。そのためには、何としても現地に行き証拠を集め、被害者の証言を法廷に提出しなければならなかった。検事団はアフガニスタンに行き、証拠収集を行った。アフガニスタンでは、誤爆という名の下に、広大な赤十字の倉庫が壊滅的に破壊されていた。地雷撤去のNGOのオフィスが崩れていた。空爆により、わずかな破片が頭に刺さり、そのまま寝たきりになった少女にも会った。何もない茶色い砂漠のような首都カブールの景色に、世界一の超大国アメリカが砲弾を振らせていた。現代の戦争が、どのようなものかをわずかばかりかいま見ることができた。アフガン法廷では、それらの事実について、映像や陳述書の形で証拠をまとめ、それを全て法廷に提出したのである。
 私たちは、イラク法廷においてもイラク行きを模索した。しかし、イラク行きは叶わなかった。それは、イラクの治安が大変に悪化していたからであり、また、劣化ウラン弾によりイラクが放射能に汚染されていたからであった。劣化ウラン弾は、放射能毒性を持つ兵器である。イラクでは湾岸戦争時に使われた劣化ウラン弾により、その放射能被爆にあった子供たちが、多く奇形児で生まれ、また、突然目玉が飛び出したり、脳が飛び出したりし、亡くなっている。2003年のイラク攻撃でも劣化ウラン弾は使用され、イラク全土で放射能被害が起きていた。

●日本における審理
 公判では、各地の公聴会で集まった証拠を検事が整理して裁判所に提出し、また、最終意見陳述(論告)として主張をまとめた。
 被告人らに対する罪は、攻撃、占領、アブグレイブ刑務所での暴行、ファルージャの大虐殺、文化財破壊、違法兵器の使用、など多岐にわたった。
 証言に立った元国連事務総長補佐官デニス・ハリデー氏は、国連の経済制裁でイラクの子供たちが毎月5000人殺されている現実に、国連ではもう働けないと約30年勤めた国連を辞めていた。ハリデー氏の強い希望があり、経済制裁も罪に加えた。
小泉首相もイラクに軍隊を送っている。自衛隊は米軍艦隊・航空母艦への給油を行い、武器を携帯した米兵を輸送した。また、連合軍によるイラク占領支配のために約9億ドルの政府開発援助をし、そして、沖縄の米軍基地からイラクへの海兵隊が飛び立っていく。小泉首相はそれらの行為につき罪に問われた。
 2005年3月5日、日本における判決が言い渡された。一部の証拠不十分等の無罪を除き、経済制裁、イラク攻撃について、侵略の罪、ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪であるとして有罪と認定された。また、判決は、現在続いているイラクの占領そのものが違法であると高らかに宣言した。占領政策が「安全保障理事会の決定」で採られていることからすると、この判断は、国際法学者である判事らには熟慮の末の英断であったろう。しかし、現実を直視し、占領は違法であると認定された。

●イスタンブール最終公判
 このように、日本を始め、世界15ヶ国以上の国で法廷が開催された。そして、各法廷で集まった証言・証拠、各国での判決が全て持ち寄られ、国際法廷としての最後の公判が、2005年6月23日から27日、イスタンブールで開催された(WTI(World Tribunal for Iraq))(イラクの首都バグダッドで行われるべき法廷は、イラクの情勢不安により隣国トルコで行われた)。
 優に40ヶ国を超える国からの参加者があったのではなかろうか。世界各地の民衆法廷の成果を持ち寄り、最後の公判を見ようと、イスタンブールの古い宮殿を利用した法廷会場は熱気にあふれていた。
 法廷は陪審制をとり、10カ国からの世界的に著名な学者らが陪審員として並び、有名な作家であるアルンダティ・ロイ(「帝国を壊すために」岩波新書ほか)がその長を務めていた。日本からは、検事団3名を含む14人が参加をした。
 残念ながら日本のマスコミの姿はなかったが、被告人ブッシュの国のCNNを始め、多くのマスコミが多数押し寄せ、会場後ろには世界各国のテレビ局のカメラクルーが所狭しと並んだ。
 リチャード・フォーク主任検事から、一連のイラク攻撃・占領が違法・有罪であるとの起訴があった。その後、次々と、各国の担当検事が主張をし、また学者証人、イラクからの被害者、イラクに派遣されていた元米兵が証言にたった。多くの被害映像写真が法廷に提出された。

●日本検事団の主張
日本からの検事団の壇上で主張を述べた。日本検事団に与えられた立証命題は、「違法兵器の使用について」。唯一の被爆国である日本の検事団に、検事団事務局から与えられた使命であった。私は、すでに日本の民衆法廷で明らかになっていた劣化ウラン弾、クラスター爆弾等の使用の事実、被害を主張した。また、国際法で禁止されているにもかかわらず、最新の兵器が不必要な被害を広範囲に与えていると訴えた。
 さらに日本の検事団は、憲法9条を紹介し、小泉首相を批難した。「日本は、世界の中で唯一、戦力の不保持と交戦権の否認を憲法上明示的に規定している国である。にもかかわらず、イラクに兵士を送り、米英軍のイラク侵略に最も貢献している。日本は軍国主義への道を進んでおり、憲法9条の改悪が政府により叫ばれている。憲法を破り国際法を破って、米英軍を幇助し、自衛隊を派遣している小泉は有罪である。」
陪審員から質問が出た。「日本の憲法は、日本国内の問題なのに、国際裁判所で日本国憲法の話をしても意味がないのではないか。」
私は次のように答えた。「日本国憲法は、多くのアジアの国を侵略した日本が、二度と侵略はしませんと、それらの国とした約束です。日本が60年間戦争をせず平和に発展を遂げてきたのは、この約束のおかげです。日本国憲法は確かに日本の憲法ですが、それは他国との約束なのであり、国際的にも意味を持つものなのです。」と。
昼の休廷の際、あるイギリスの弁護士が話しかけてきた。「一国の憲法が、”他国への約束”であるという考え方は、とても新鮮だわ。思いつきもしなかったけれど、とてもすばらしいことだわ」と。
 翌日のトルコの新聞には、9条を紹介する私たち日本検事団の写真がカラーで掲載されていた。

●判決
 最終日、2005年6月27日、イラク世界法廷の判決が言い渡された。
 判決は、イラク攻撃・占領は違法であるとし、米英政府の主張した開戦・占領理由は虚偽であり、戦争の主要な動機は石油であったと結論付けた。
 その他、判決の指摘事項は多岐に渡った。米英のなした行為が「侵略の罪」にあたること、民間人・民間施設を標的にした攻撃、無差別兵器の使用、占領期間中に民間人の生命を守らなかったこと、平和的デモ隊の殺害、適正手続なしでのイラク市民の処罰・拷問等これら全ては違法であるとされた。
 国連安全保障理事会に対しても、経済制裁や飛行禁止区域での違法な爆撃を米英軍に許したことなどが違法であったと指摘がなされた。各協力国政府、のみならず、民間企業も戦争犯罪の共犯であるとされた。
そして、連合軍のイラクからの即時・無条件撤退、戦争賠償と補償金の支払い、詳細な被害調査・加害システムの調査をすべきとの勧告がなされた。
 共犯加害者の調査対象としては、「小泉純一郎」の名前が冒頭に上げられている。
 被告人、有罪、である。

●判決の実現へ ~市民の力の可能性
 一般の法廷では判決には強制力がある。しかし、民衆法廷は、市民による法廷であって、有罪判決を受けた被告人らを強制力をもって刑務所に送り込むことはできない。では、民衆法廷は無力か。
 そうではない。そうであってはならない。

 民衆法廷の判決は、現在ある法律に基づいて、適正に裁かれた結論である。アメリカ他を裁くことのできない現代の国際社会の、欠け落ちた部分の正当な補完である。その結果は、実現されねばならない。
 民衆法廷の結果の実現は、市民の手にかかっている。それはまさに法廷の運営の全てが世界中の市民の手によるものであったことと等しい。そして、市民はそれを実現するだけの力を既に身につけている。
 少し以前まで、国際社会の登場人物としては国あるいは国際機関のみしか認められてこなかった。しかし、近年、国際社会では「市民」が大活躍をしている。紛争地でも難民キャンプでも、市民(NGO)がいなければ国連組織は回らない。また、拷問等禁止条約や対人地雷廃絶条約のように、市民が声を上げて国や国際機関を動かし、国家を縛る条約を作り上げてしまうと例も少なくない。紛争予防のための具体的政策を作り上げる取り組みGPACCも、市民社会が、戦争を止めようとしない国家に歯止めをかける力強い取り組みである(武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ:2005年7月にNY国連本部で最終会議)。
 現実に、市民が国際社会を動かす流れが力強く始まっている。市民が主役となって国を動かし、国際機関を動かしていく。それは、現実に起きている。

●最後に
 世界1000万人の攻撃反対のデモが起きたにもかかわらず、被告人らはイラク攻撃を開始した。
 けれども、私は、1000万人の声も無力であったと残念に思ったことはない。あれだけのデモを、あれだけの心からの声の結集を、実現できるのは市民だけである。「何だってできるかも知れない」というあの躍動感は、市民の心からの叫びでなければ生まれない。 私たち市民は、これから、民衆法廷の判決が強制力を持つよう、声を上げ、力を集めて世界の流れを変えていかねばならないのである。

「強制力をもたぬ民衆法廷の判決を実現することは容易ならざることである。しかし社会に対する働きかけのために英知を絞ることは、侵略の決断や虐待の実行よりも遙かに豊かな人間の営みであり、なによりそれは、本法廷の判決をまっさきに捧げるべきイラクの人々への最良の連帯の証となろう。本法廷の判決には、沸きあがらんばかりの「不正義への怒り」が込められている。本法廷の営みをさらなる行動につなげていくことは、人間の安全を目指す現代国際法および日本国憲法の平和主義を支える私たち市民の担うもっとも重大な責務の一つであることを忘れてはなるまい。」
(日本イラク国際戦犯民衆法廷判決より)

http://www.icti-e.com/(国内のイラク国際戦犯民衆法廷)
http://www.worldtribunal.org/main/?b=1(イラク世界法廷)

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手をつなぎたいじゃないですか

手をつなぎたいじゃないですか

先回は、新しく呼びかけ人として5人の方が行脚の会に入ってくださることをご報告しました。たくさんの方と憲法を広げる動きが作れるのはとても楽しいことです。思えば、私も、1年少し前に佐高さんに声をかけていただいて事務局長をやることになったのです。今回は、私がなぜ、事務局長をやることに決めたかをご紹介したいと思います。次にご紹介する文章は、私が「月刊保団連」という雑誌から掲載依頼をいただき、書いたものです。行脚の会でも、それ以外の憲法を広げるための活動などをしていても、私は、できる限りたくさんの声をということばかりを考えています。お読みいただければ幸いです。


~そうしたって向かうところは大きいのだから

 私は、「憲法行脚の会」事務局長となった時に、護憲運動に初めて足を踏み入れた。「憲法行脚の会」とは、落合恵子、姜尚中、佐高信、城山三郎、辛淑玉、土井たか子、三木睦子各氏7名が呼びかけ人となって、全国行脚して憲法の意義を広めようという集まりである。幅広い活動をめざすためとして、護憲運動の経験のない私に声がかかった。「幅広い活動」に惹かれ、事務局長をお引き受けすることとした。

 私が、一番力を入れているのは「手をつなぐ」ことである。
 行脚の会ではまず、野中広務氏など自民党関係者らを迎えて講演会を行った。
「こんな『護憲』の看板を掲げた講演会に来て、…大丈夫ですか?」との冗談が出た。
しかし、今の日本のこの急激な右傾化には、保守陣営からも批判の声が上がっている。野中氏は、はっきりと「今の日本は危ない」「戦争へ向かっている」と述べた。
 また、自民党議員の加藤紘一氏、「9条の会」事務局長の小森陽一氏、行脚の会の佐高信氏での講演会も行った(本年6月15日東大にて)。この講演会では、会の運営を大学生が行ったことも手伝って、ひとつ壁を乗り越えたという感慨があった。その後、地域の「9条の会」とも共催でイベントを行っている。

 「憲法」を頭に掲げる団体の事務局長に自分がなるとは思っていなかった。それは、憲法がこれほどまで危ぶまれる日が来るとは思っていなかったから、ということもさることながら、平和運動にはずいぶんと面倒なしがらみがはびこっているようで「面倒そう」であったからである。
 先日、私は仲間の若い弁護士たちと、憲法を広げるための法律家の会を作った。ただ呼びかけると、いつものメンバーがすっと集まる。が、それ以上には広がらない。
しかし、労使紛争の会社側や公共団体の代理人となっている弁護士の中にも、9条は変えてはならない、と思っている人は必ずいるはず。念入りに、最大公約数を集めるべく広く声をかけた。

 20代の私の世代では、過去の「しがらみ」の知識も少ないし、理解も難しい。
もちろん、過去の市民運動の歴史には大きな意義があり、その活動が生み出してきた結果には、尊敬の念を抱いてやまない。しかし、私たちの愛する憲法が危ぶまれている今、そこで得た経験と知識をみなが持ち寄って、大きな声を上げねばならないのではないか。できる限りたくさんの声を、一堂に集めて護憲の流れを作っていきたい。そうしたって、向かうところは大きいのだから。

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■呼びかけ人5人加わる!とってもうれしい!

■呼びかけ人5人加わる!とってもうれしい!

憲法行脚の会では、新しく呼びかけ人5名をお迎えすることとなりました。高橋哲哉さん、香山リカさん、斉藤貴男さん、高良鉄美さん、森永卓郎さんです。

3月22日に、お披露目のシンポジウムを東京・新宿で開催します(詳細はHPトップへ)。新しく加わってくださった方も、どなたも、いろいろな分野で大活躍されている方で、一度お会いしてお話ししたかった方ばかりです。事務局長の私が、みなさんがはいってくださったことでうれしくて、わくわくしている今日この頃です。

このように、「憲法行脚の会」も、さらに充実した多彩なメンバーとなってパワーアップし、全国どこへでも行脚して憲法のすばらしさをお伝えすべく、万全の体制を整えています。みなさまもどうぞ行脚の会のイベントにおいでください。

また機会がありましたら、行脚の会のメンバーをお呼び頂いたり、また、ご一緒に企画などをさせてください。

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●御礼~新聞広告~●憲法24条と14条●

みなさま、こんにちは。

毎日新聞と産経新聞の6月15日付朝刊の意見広告ごらんいただけましたでしょうか?
新聞への意見広告掲載にご協力いただいた方、ありがとうございました。事務局一同感謝申し上げます。

手前味噌になりますが、とてもすてきなデザインです。アイディアをフルに回転させて、スタッフが作ってくれました。産経新聞をお読みの方々にも是非ご意見をお寄せいただきたく思っております。
これからも、いろんなアイディアを出し合って、憲法を売り出していきたいと思っています。今後ともよろしくお願い致します。アイディアもお待ちしております。

さて、今回の話題は、憲法の条項で言えば、24条と14条でしょうか。
「著名な公務員」のした発言で「憲法、男女共同参画社会基本法、その他の法令や国際人権B規約、女性差別撤廃条約等の基本理念と相容れない」と裁判所から認定された発言があります。

・・・・石原都知事のババア発言です。

ババア発言って何でしょう?
石原都知事の「女性が生殖能力を失っても生きているのは無駄で罪」との発言。

皆様は、この発言を耳にされた際どう思われましたか?
またか、と思われました?私は、一瞬くらくらとめまいがするようでした。
原告たちは裁判をするまでに、公開質問状を出し、日弁連への人権救済申し立てを行いました。しかし、石原氏は一切これに対する回答を拒みました。

・・・こんなつまらないことで裁判にするなんて、との、声も耳にします。しかし、先回ご紹介したように、チラシを撒いたり、卒業式の会場で「君が代斉唱の時にはご着席いただければ幸いです」と言っただけで「刑事起訴」されてしまうご時世なのです。一つ一つ声を上げていかなければ、そんな思いで私は代理人になりました。お読みいただければ幸いです。

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 本年2月24日、石原慎太郎東京都知事に対する「ばばあ発言」訴訟の判決が言渡された。「ばばあ発言」とは、石原氏が「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは『ババァ』」「女性が生殖能力を失っても生きているのは無駄で罪」などと述べた発言である。訴訟では東京都在勤在住の女性らが原告となり新聞への謝罪広告と損害賠償を求めた。

判決では、性の有様如何に関わらず平等に生きる権利、生殖について自己の選択の下に生きる権利、高齢者が敬愛されて生き得る権利が保護に値するとした上で、発言を「このような女性の存在価値を生殖能力の面のみに着目して評価する見解が、個人の尊重、法の下の平等について規定する憲法、男女共同参画社会基本法、その他の法令や国際人権B規約、女性差別撤廃条約その他の国際社会における取り組みの基本理念と相容れないことはいうまでもない。」「不用意な発言」「不適切な発言」とした。しかし、「原告を特定した発言ではない」「不愉快な思い…を超えて…深刻な精神的な苦痛を与えるまでの内容、性質のものとは認めがたい」と請求は棄却した。
現在、多くの原告が請求棄却であったことに対し控訴しており現在東京高裁に係属中であるが、他方で、差別発言が相次ぐ現在において、発言が憲法に反するなどの判断がなされた本判決は、その点では大きな意義も有していることを確認しておきたい。

 控訴趣意書を作るに当たり、改めて、原告の方々の陳述書を読み直した。原告たちの声は、現在の日本社会の問題点を明確に浮き彫りにしている。強者が弱者を一方的に貶める発言。社会が簡単にそれになびく風潮を利用し、さらにそれを繰り返す。つぶやきにすぎない差別がさらなる差別発言を呼び、知らぬ間に具体的差別が目に見える制度として提案される。そしてそのときには既に世論の届かないところで話が進んでいる。

時に、このばばあ発言の訴訟については、「何でそんなことで裁判までするの。」との批判を浴びる。・・・しかし、この訴訟は、子供を産みたくても産めない女性たちの苦しみの声であるのはもちろん、差別の対象として苦労を重ね、女性がやっと手に入れ始めた社会での活躍の場を再び閉ざされる懸念におそわれている市民全体の声の現れなのである。

石原氏は絶大な影響力で社会的マイノリティに歯をむけ、思想を施策に反映させており、東京都では、つぶやきの差別が現に制度となって表れている。東京都の女性政策の要だった東京都女性財団を解散に追い込まれ、東京都ウィメンズプラザが直営にされて政策を縮小・変更され、「男女平等推進基金」が廃止され、そして、現在東京都では「ジェンダーフリー」という単語の使用が廃止されている。
政治家による差別発言は、マスコミも世論もたたかない中、これ見よがしに続いている。ばばあ発言(2001年10月)の後続出した発言には様々あるが、代表的なものとしては、女子大生暴行事件の際の太田誠一議員の「集団レイプをする人は、まだ元気がいい。正常に近いんじゃないか」との発言や、また、森喜朗議員の「子供を一人も作らない女性が好き勝手と言っちゃなんだけど自由を謳歌して、楽しんで、年取って、税金で面倒見なさいというのは本当におかしい」等があげられる。  

マスコミにこのような差別発言が流れないことも、恐ろしいかな現実である。訴訟をしなければ今回の「ばばあ発言」はほぼ全くメディアに載らなかったのではないか。今平然と政治家によりなされている発言には5年前だったら首が飛ぶものも多いのではないか?弱者の声が社会に届くよう、異議を唱えるべきところではきっちりと異議を唱えていきたい。

各弁論では原告たちの想いが語られ、毎回涙なくしてはいられなかった。
「私の娘は摂食障害で長い間生理がありません。体重が25kgにまで落ち、生命の危機にまで陥ったこともあります。…今は先生の助言の中で、石垣島で生活しています。そんな娘に私は『生理が来た?』などと聞きもしません。生きているだけでいい。明るい声が電話の向こうから聞こえてくるだけでいい。『生きててよかったネ』生殖能力なんて、あるかないか問題ではありません。『生きててよかったネ』。何度も心の底からわいてくる言葉を飲み込んで、娘と話しをします。あなたはそんな娘までも傷つける発言をしたのですよ。あなたの行ったことがどんなに多くの人を傷つけているのかを知って下さい。そして謝って下さい。発言を撤回して下さい。」

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初めまして

初めまして、憲法行脚の会の事務局長の猿田です。私たちを守ってきた大切な憲
法を変えることなく、これからもさらに憲法を広げて平和な社会で生活していきたいと
強く強く願っています。

今、憲法を変えようという声がありますが、憲法が変わっても自分には関係がな
いと思っていらっしゃる方も少なくないかも知れません。私自身も、憲法のこと
を思い出しながら日々の生活をすることはそうは多くありません。しかし、
憲法に護られて生活しているのだと実感しなければならないような生活は、自分
たちの権利が脅かされているときであり、そのような状態こそ不幸な状態だとい
えるでしょう。

残念ながら、改憲の動きとともに、憲法があって良かったと感じることが現実に
増えてきています。もともと、私は平和問題に関わろうと弁護士になったわけで
はありませんが、いつの間にか憲法にまつわる事件に取り組むことが多くなって
しまいました。あっという間に、男女平等に関する事件、表現の自由に関わる事
件、平和に関する事件に向き合うことになり、ついには、憲法を名前に掲げる
「憲法行脚の会」の事務局長にまでなってしまったのです。自分がこれほど憲法
について取り組むことになろうとは10年前には考えてもみませんでした。

護られてきた憲法を護らねばならない。
今のこの状況は、憲法に護られたままぬくぬくと生きてきた、私のような者が作り
出してしまったのかも知れません。
感謝の気持ちを込めて、憲法を護り、さらに広めるために進んでいければと思っ
ています。

このコラムでは、気の向くまま、私が憲法について感じること、取り組んでいること
をご紹介していきたいと思います。
今後とも、どうぞ皆様、よろしくお願い致します。

2005年5月

憲法行脚の会事務局長
猿田佐世(弁護士)

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