米国最大の国際人権NGO
現在、米国最大の国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」の本部(NY)で研修をしている。大NGOでの経験はNGOのイメージを大きく発展させるものであり、感激の連続でもある。日本でさらに広げたいNGO文化の参考になるように思うので、ご紹介したい。
■人権侵害の、その現場にて
例えば、HRWはこんなふうに活動を展開する。
2008年8月、ロシアがグルジアに侵攻した。緊急事態局(Emergencies)を有するHRWは、直ちに軍事専門家を含む調査員を紛争地入りさせた。調査員は進行中の村の焼き討ちなどを目撃。直ちに両当時国が民間人の無差別攻撃を行っていることを世界中に報道。また、直接グルジアの防衛大臣と会談するなどして、無差別攻撃を止めるよう要請した。さらに、自ら直接得た情報を基に、両当事国への圧力を求めてEUと交渉したり、調査員がその使用を直接確認したクラスター爆弾については、これ以上民間人がクラスター爆弾により傷つかないようグルジアのテレビ局やグルジア当局がクラスター爆弾不発弾の危険性について国民に危険性を知らせるメッセージを送るよう強く求めたりした。
これらの迅速かつ即効的な活動により、HRWがその違法行為をまさに報道したその日に、ある村において、ロシアがそれまでの態度を一変し村の保護を行った。EUによる当事国への圧力は、ロシアのグルジアでの行為を抑えることにつながった。数ヶ月前に全面禁止条約が採択されたばかりのクラスター爆弾についても、ロシアの使用を直接確認し、また、その使用をグルジア政府に認めさせ、両国への国際的非難を巻き起こした。
■米国最大の国際人権NGO
HRWは1978年に設立され、アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)に継ぐ世界第二の規模を誇る国際人権NGOである(http://www.hrw.org/)。275名以上の正規スタッフの半分以上は弁護士であり、ほかジャーナリスト、学者や元政治家、金融機関出身者などがいる。本部のNYオフィスは、NYの顔であるエンパイアステートビルの34階と35階の2フロアにある。アジア局、米国局、アフリカ局などの地域別部局や、子ども局や女性局、国際司法プログラム(国際刑事裁判所(ICC)などを取り扱う)、緊急対応局などテーマ別部局があり、また、法律・政策局、Development局(寄付など)など、組織運営に関わる部局がある。
その主たる活動は、緊急事態であれ継続的事態であれ、調査員が世界中の人権侵害の現場で調査を行い、報告書やニュースリリースを発表することである。事実を国際人権・人道法に照らし、加害者、および、その事態に影響を与えうる国、国際機関などに勧告を行う。メディアを最大限利用する。さらに、政府や国際機関にロビーイングを行って、政策を変えさせていく。声明や報告書は約80の国について年間100本以上にわたり、メディアに広く掲載される。日本では、与党がNGOの発言を引くことはあまりないが、米国ではHRWのレポートが主要政治家に引用され、その言葉がニューヨークタイムズの紙面を飾ることも少なくない。
また、ICC規程の設立やクラスター爆弾禁止条約の制定など、国際人権・人道法の発展をリードし、対人地雷禁止条約の制定においては、地雷禁止国際キャンペーンの主要創設メンバーとして他のNGOと共にノーベル平和賞を受賞している。昨年12月には、国連人権賞も受賞した。
私が中でも感動したのは、スタッフがプロとしての人権活動家であることである。日々トレーニングが行われており、調査方法や報告書作成、ロビーイング方法についてのトレーニングから、現場で身の安全を守るためのトレーニング、武器の種類の見分け方のトレーニング、ジャーナリストとの接し方についてのトレーニングなどがある。
なお、資金源は寄付が中心である。少額寄付も大変ありがたいことは間違いないが、寄付のスケールが違う。例えば、年に一度資金集めのディナーが世界中で開かれるが、2008年のNYでのディナーの席は最低額1000ドル(約10万円)から。NYでも有名な大博物館「自然史博物館」を借り切ってのパーティで、著名な人権活動家の講演を聞き、HRWの一年間の活動報告映画を見るというものであった。
国際社会の様々な場面でNGOの声が取り上げられるようになったと以前紹介したが、まさにその流れをリードしているのがこのNGOである。
■ 日本のNGO
日本のNGOはボランティアの善意のみによって支えられているというイメージが強い。私自身、弁護士として日本で人権活動を続けてきたが、もう少し睡眠時間がもてる(そのためには人権活動自体で生活がもう少しは成り立つ)形でなければ、一生は続けられないことも実感していた。
HRWの職員は、プロの仕事として、そして人間的な生活の中で、圧倒的に影響力のある人権活動を展開している。日本社会にこうしたNGO文化は根付くのか、何がそんなに日本と米国と違うのかと思うが、一見して気がつくのは、社会の中での市民運動の位置づけや人々の市民運動への関与の仕方、そして、寄付文化の存在と寄付控除を受けられる税制度の違いである。
日本でも、昨年12月に「公益社団法人及び公益財団法人の認定に関する法律」が施行され「公益法人」と認定されたNGOについては、その団体への寄付者が税金の控除を受けられるようになった。今、私がHRWで担当している作業は、この新法を利用してのHRWの日本オフィスの立ち上げ(2009年4月開設)。今後、日本でもNGO(市民運動)がこれまでに増して影響力を持てるようになるとよい。
この大NGOを体験したあと、どのようにしたら、「持続可能」で「影響力のある」市民活動を日本に根付かせられるか、それが、現在の課題である。(2009年 「まなぶ」 2月号掲載)
*「ヒューマン・ライツ・ウォッチの入り口ドア。」
*「ノーベル平和賞のメダル。地雷廃絶キャンペーンの創立メンバーとして他の
NGOと共に受賞した」
*ヒューマン・ライツ・ウォッチ事務所の内部。
*ヒューマン・ライツ・ウォッチ事務所の受付。
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