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ロースクールと法律家と

ロースクールと法律家と

 コロンビア大学ロースクール(CLS)を2008年5月に卒業した。今回は、米国におけるロースクールについての雑感、そして法律家(Lawyer)の存在についての雑感を書いてみたい。それは、Lawyerだらけの国といわれる米国社会の特徴的な一面でもあると思う。

■米国におけるロースクール
 米国では、4年間の大学(学部)の後に、一度社会で働き、その後、プロフェッショナルスクールと呼ばれるビジネススクールやロースクールで学ぶ者が少なくない。日本の大学院の「難しい研究に年月をかける」というイメージよりは、語弊を恐れずにいえば、こちらのプロフェッショナルスクールは同じ修士号取得であってもその分野で活躍するために必要となる、より一般化されている学びの場である。
 米国で弁護士になるのは日本に比べて簡単である、と耳にしたことがあるかもしれない。NY州で弁護士になるには、主として、3年間ロースクールに通ってJuris Doctor(JD)という学位を取得し司法試験を受ける方法と、海外で既に法学教育を受けた者が1年間米国のロースクールで学び、LLMという学位を取得して司法試験を受ける方法がある。NY州司法試験の合格率は7割程度であり、ハーバード、コロンビアのような上位校の合格率は95%以上と聞く(外国人合格率は40%を切るが)。
 日本では、戦後以来続いてきた司法試験が、難しすぎる(合格率2~3%前後)、知識ばかりをマニュアル的に覚え社会に役立つ法律家が育たない等といった理由で廃止に向かっており、2004年4月には米国式のロースクールが導入された。なお、新制度が導入されて2年目の2007年新司法試験では、合格率は40%であった。

■ロースクールでの勉強
 こちらのロースクールの授業は実に多様である。憲法・契約法・不法行為法・刑法といった必修科目の他に、2,3年では選択科目を受講し、ビジネス、ファイナンス、刑事法、家族法、そして、私のような国際人権など、それぞれが、自分が将来進みたい分野を中心に授業を選択する。
 日本のロースクールでは、司法試験の合格率が高くないこともあって、司法試験科目以外の授業を選択する学生が極端に少ないと聞く。また、授業で、教授が司法試験と関係のない内容を教えて、「そんなことは試験に出ないから、授業でやらないで」と学生にいわれて授業内容を変えざるを得なかったとか、そして、学生の生活も朝から晩まで司法試験科目の勉強ばかりである、とかそういう話を耳にする。
 しかし、こちらのロースクールで、様々な分野の豊かな内容の授業を受け、存分に議論を楽しんだ後では、せっかくの機会を日本のロースクール生は逃している気もしてならない(もっとも、日本の「弁護士」と、こちらの「Lawyer(法律家)」の位置づけはかなり違うものであると思うので、単に合格率をどうこうすればいいという問題ではないと思うが。)。
 もっとも、こちらの学生も、ものすごく勉強をする。特に、1年生の成績は就職に大いに関わるため、1年生は死にものぐるいである。「期末試験で気が狂いそうになり、極厚の教科書をピストルで射貫いた」という歌すらあるらしい・・・。ここで踏ん張って、「勝者」になれば、弁護士一年目にして年収1500万円~2000万円が待っている、というわけである。

■豊富な授業選択
 CLSでは、年間、実に350(!)近い授業の中から、受講したいコースを選択することができる。豊富さの一例を挙げてみよう。
 私は人権を専攻しているが、タイトルに「Human Rights」という語を含むゼミ・授業を検索したら、10個みつかった。国際人権、グローバリゼーションと人権、人権と文化における問題(Human Rights & the question of Culture)、国内法・国際法における人権侵害への賠償(Human Rights reparations under domestic & international law)、人権と法と開発、国際人権の提言活動(International Human Rights Advocacy)、生殖に関する健康と人権(Reproductive health & Human Rights)、国際ビジネスと人権、ヨーロッパ人権条約、ヒューマン・ライツ・クリニック、である。日本では、人権とタイトルする授業が3つもあれば御の字であろう。
 もちろん、タイトルにHuman Rightsとつかないが人権に関係する、という科目はさらにたくさんあり、ごく一部だけ取り上げてみても、表現の自由(Ideas of the First Amendment)、移民法、他文化・社会と法(Multiculturalism, Society & The Law)、新しい形の公益的提言活動(New Forms Of Public Interest Advocacy)、医療へのアクセス(Access To Healthcare)、メンタルヘルス法(Mental Health Law)などと、あげればきりがない。

■人権クリニック
 多くのロースクールには「リーガル・クリニック」があり、そこでは、実務家のアドバイスを受けながら、学生が実務を体験することができる。
 私は、1年間、ヒューマンライツクリニック(HRC)に参加し、その中でFOIA(Freedom of Information Act・情報自由法)のプロジェクトに関わった。
 FOIAとは、日本でいう情報開示請求についての法であり、米国の人権弁護士の最強の武器である。この情報公開請求は、CIAやFBIといった高度な秘密組織を含む米政府の中にある、通常では全く国民の目に触れないような膨大な資料の開示を可能にする。グワンタナモの拷問や、イラク・アフガン戦争における政府や民間企業の責任など、多くの衝撃的事実が、この情報開示を通じて人権NGOの弁護士の手により世界中に明らかにされてきた。
 私が関わった情報公開請求は2件。グワンタナモ等の収容者の国外追放の際に、拷問などが送り先の国で行われないようにという外交保証(Diplomatic assurances)の件と、コンゴの内紛についての米政府の関与を開示させる件であった。資料の多くが非開示との回答であったり、また、墨塗りで開示されたりし、行政段階での再審査請求をしたあと、訴訟を提訴する。1年では訴訟までは進めなかったが、実際に関われる物事の大きさには常にわくわくが止まらなかった。
 HRCでは、他にも、インドのサッカーボール工場での児童労働問題、米州人権委員会に係っている米国内のドメスティックバイオレンスの事件、NY市内のレバノン移民の問題などなど。学生が、インドだ、コンゴだ、赤道ギニアだ、と調査にも出かけ、その報告を受けるのも大変楽しかった。コンゴ調査の報告では、コンゴの外務大臣にあって直接交渉をした、という話もあり、できることの大きさを実感したこともある。
 クリニックは、これからその分野で働きたいという学生には、現場を見ることのできる大変良い機会であると思う。CLSには、HRC以外にも、子どもについての提言クリニック(Child Advocacy Clinic)、環境法クリニック、デジタル時代における法律家クリニック、調停クリニック、NPO(非営利団体)・スモールビジネスクリニック、性とジェンダーのクリニックがあった。
 日本のロースクールでもクリニックを設置し、学生に実務体験をさせているところは少なくないが、これだけ充実しているところは、あまりないのではないか。

■卒業後の進路、そして公益的活動に対する姿勢
 卒業後は、多くがビジネスロイヤーとして、大手法律事務所に就職する。また、企業に就職したり、政府に入ったり、裁判所の裁判官のクラーク(日本にはない制度。裁判所書記官(?)のようではあるが、判決を起案したりする)になる人も一定数いる。人権NGOで働きたいという希望も、給料がビジネスロイヤーの2~5分の1になるにもかかわらず、根強い。しかし、人権NGOでの就職は、NGO数が少なく(ほとんどない日本に比べれば、比ではないが。)競争率が激しく、何年待ちとなることも多い。学費が高いため(年間学費だけで450万、他に生活費。これが3年間)、公益的活動を望む学生の多くは、一度、大手事務所に進むことが多い。それでも、公益活動を行いたい、人権問題に取り組みたいという学生は、粘り強く道を模索している。

 米国のロースクールが日本の司法研修所と違う(と私自身が一番感じた)のは、人権問題に取り組みたい!ということを堂々と口にして生きていけるコミュニティであるということである。私は、日本の司法修習所にいたとき、「人権問題に取り組みたい」と真っ正面からどれだけ語ってこれただろうか。私は、そのことで、偏った考え方の持ち主であるとレッテルを貼られるのではないか、嫌われるのではないか、ということを常に気にしていたように思う。気にしすぎかもしれない私の周りには、大手のビジネス系事務所に就職することが一番であるというような、何となくの雰囲気が常に漂っていたような気がする。

 ここでは、公益活動・人権活動を行うサークルは3年間、常に活発である。私の心に一番残っている米国人学生の友人の言葉は、「収入も少ないのに、社会的に有意義な公益的仕事についている弁護士を、みんなが尊敬しているよ。仮に自分がならないとしても。」というものである。(2008年 「まなぶ」 9月号掲載)

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*「歯学部が巨大歯ブラシを持って卒業式に望む。ロースクールは裁判官のハンマー。
医学部は聴診器。ビジネススクールはお金・・・」

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