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中米とカリブとアメリカと(上)

~グアテマラ・エルサルバドル・ニカラグア・コスタリカ・パナマ

 「中米」と言われても、縁もなく、国の名前もいくつかしか挙がらなかった私である。しかし、アメリカにいると、ラテンアメリカが急に身近になる。アメリカにいるこの機会にと、グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、そして、キューバ、プエルトリコを回った(プエルトリコは2008年1月、他は2008年8月~9月)。回ってみると、(当たり前であるが)各国それぞれの特徴があり、また、アメリカ合衆国の歴史・政治(悪行の数々)を知ることにもつながり、大変面白い。体系的に文章を書くほど各国を理解しているわけではないが、体験したこと、学んだことのいくつかを取り上げてみる。

■アメリカの影響
 中米地域に一貫して言えることは、アメリカの影響が圧倒的に大きいということである。
 意のままに中南米を操りたいというアメリカの意図はここ100年以上もの間ずっと続いており、アメリカによる大規模な軍政支援や直接的軍事的介入がグアテマラでもエルサルバドルでもニカラグアでもパナマでもなされてきた。たとえば、ニカラグアでは、アメリカは左派政権を倒すべく、大量の軍事費、武器を提供してコントラと呼ばれる反政府右派ゲリラを組織・支援した。ゲリラ兵士の軍事訓練を行い、さらには、直接米軍を派遣して政権を倒そうとした。経済制裁も続け、ニカラグアは徹底的に貧しくなった。近年でアメリカが一番激しくニカラグアに介入したのは、1980年代のことだが、私の今回の訪問でも、ニカラグアの貧困は厳しいものがあった。また、ニカラグアにはアメリカ人観光客が他の国に比べると少なかった。ニカラグアの観光地でレストランを開くカナダ人に聞いたところ、「きっと、まだアメリカ人は、ニカラグアにくるのが申し訳ないんだろうね」とのこと。
 アメリカにある米軍アメリカ学校ともよばれる軍人教育校では中南米の軍事政権・軍部の幹部が養成され、独裁者も数多く排出している(パナマのノリエガ将軍、ペルーのモンテシノスなどあげればきりがない)。
 経済的搾取も広くなされてきた。パナマでは、国を支える一番の資金源であるはずの運河の主権を長期間アメリカが独占してきた(1999年に返還)。また、中米の多くの国の一大産業であるバナナ農園はアメリカ企業に管理され、多くの労働者が低賃金で働いてきた。結果、強く豊かな国アメリカと弱い貧しい中米という図式はさらに固定化し、中米諸国の経済はアメリカに完全に頼りきりという構造が固定してしまっている。
 エルサルバドルで「この国は、消費社会だよ」という発言を聞いた。こんな発展途上国で消費社会?意味がわからず聞き返すと、お金はアメリカで働く家族から送られてきて、ここでは物を買うだけ。生活をするだけ。もちろん、ここにいる人も懸命に働いてはいるが、失業率は高く、また、仕事があっても低賃金労働であるというのが現実・・・。
 今、ベネズエラのチャベス政権に始まり、多くの中南米諸国が反米政権となっていることに注目が集まっているが、アメリカや新自由主義に反発する中南米全体の流れは、突発的に生まれたものではない。背景には、これまでの長い弾圧・搾取の歴史・貧困から抜け出す戦いがある(参考:「反米大陸」伊藤千尋 集英社新書)。

■アメリカに住む移民はどこから・・・?
 アメリカにはラテンアメリカ人が多く住み、NYでもスペイン語をいつも耳にする。不法移民の問題も常に政治を賑わせている。
 バスでグアテマラからエルサルバドルの国境越えをともにしたエルサルバドル人のネルソンは、数年前まで、不法移民としてアメリカで働いていた。メキシコ人の女性と結婚して息子が出来たが、その後、妻と離婚、さらにその後、家族全員が国に強制送還され、元妻と息子はメキシコへ、本人はエルサルバドルへ。ネルソンは、現在、13歳の息子に会うために、年に3、4回、エルサルバドルからメキシコまで、片道6日のバスの旅を繰り返している。飛行機は高くて乗れない。メキシコのビザも取れないから、メキシコへも不法入国となる。「どうやって国境を超えるの?」という私の質問に、「こんな山の中を、ただ行くんだよ。」とネルソンは草木が生い茂る山を指差した。
 中米からアメリカに不法入国する人たちは、メキシコという巨大な国を通り抜けることになる。常に捕まる恐怖を抱きつつ、山を越えたり、バスの屋根の上に乗って隠れて移動したりしながら、メキシコを通り抜けてアメリカ領土に到達すると、まずは大成功。途中でつかまって強制送還されれば、またゼロからやり直し、だそうだ。もっとも、彼はアメリカにはもう戻りたくないとのこと。「ここ(エルサルバドル)ではアメリカの生活にはあこがれるし、お金は必要だけれど、みんな、(国としての)アメリカは好きじゃない。」

■軍隊を持たない国コスタリカ 
 コスタリカには、軍隊がない。内戦の後、戦争の原因となる存在である軍隊を1949年に廃止した。現在まで軍隊を持たず、一度も戦争をしていない。周辺諸国は内戦続きである中、「兵士の数だけ教師を」「銃を捨てて本を持とう」などを合い言葉に、軍事費を教育や医療に回して国を発展させた。学費・医療費無料など社会保障制度が整っている。中産階級が多く貧富の差が少ないため、犯罪も少なく、治安や経済が安定している。それゆえ、海外からの企業進出も進み、さらに社会が豊かになっていく。他の中米諸国からすると、嘘のように豊かな国である。
 軍隊を廃止した故ホセ・フィゲーレス元大統領の妻カレンさんによると、「この国は、軍隊がいらないという考え方を皆が共有している国」とのこと(参照「平和に生きる・コスタリカ」コスタリカの人々と手を携えて平和をめざす会編)。私も、街で、「軍隊は必要ないのか」と質問を繰り返したが、見事に、みなが「もちろん軍隊なんかいらない」と答えた。「他の国から攻撃されたらどうするの?」という問いには、「コスタリカを攻撃する国なんてないよ」「コスタリカには世界中に多くの友達がいて、守ってくれるよ」という答え。「アメリカが守ってくれるから大丈夫」という答えもあった。
 「軍隊が必要」と答えた人は実に一人もいなかった。「何かの役に立つの?」「そのお金があったら、もっと教育や医療にお金をかけたらいいのでは?」「軍隊にいくらお金がかかるか知ってるの?」
 紛争だらけの中米で軍隊を持たないでいるのは至難の業である。最善の外交努力を続けねばならない。隣国の紛争を自国に飛び火させないため、隣国の紛争をも平和に収めるために東奔西走する。アメリカがニカラグアに介入していたとき、アメリカはニカラグアの隣国コスタリカに基地を置かせてくれと迫った。しかし、コスタリカは、1983年、永世中立宣言をして基地設置を断った。その代わり、中米各国の紛争を解決するために奔走し、結果紛争は終結、1987年、アリアス大統領(06年から再任)はノーベル平和賞も取得している。
まさに平和外交を地で行く国である。日本にもこれが出来ないものか。国際反核法律家協会の副理事であるコスタリカの弁護士バルガス氏から、日本も非武装中立宣言を、というアドバイスをもらう。
 これだけみんなに続けて「なんで軍隊なんかいるの?」と真顔で言われ続けると、「日本の非武装中立宣言」を目標に掲げるのも面白いかな、という気持ちにすらなる。日本を離れて1年もすると、こんな非現実的な、日本では口に出来ないことを考えるようになるのかも(笑)。しかし、コスタリカの、平和外交に取り組んでいるその命がけさは、軍隊がないことからも生まれてくるのだとも思う。平和の維持のためには、単に軍隊をなくすだけでいいわけはなく(現在の日本の政治状況から、これをひよって言い換えると「9条を維持するだけでいいわけはなく」)、大変な努力が必要になるのであって、逆に、その努力の可能性を追求することもなしに「9条改憲」を叫んでいるのは、日本が、あり得る一つの選択肢をきちんと見ようともしていない、ということなのだろうと思う。
 なお、1989年に、隣国パナマも軍隊を廃止している。パナマでは滞在時間が少なく、多くの人に話を聞くことはできなかったが、質問した一人の若者は、軍隊は要らない、金の無駄、と言い切った。
 コスタリカという、軍隊を持たないことを国民全体の価値観としている国が世界に存在しているという事実と、それを追って軍隊を廃止する国が続いているというのは、本当に心温まる事実である(現在、軍隊がない国は世界に27カ国。「軍隊のない国家」 前田朗著 日本評論社)。

■一人一人の顔が見えると
 私の趣味は旅。10代から旅を続けてきて、過去の訪問国は40カ国以上になった。面白いのは、バックパック旅行をしていて出会う多くの人がリベラルである、ということである。今回の旅行でも、例えば、多くのアメリカ人と道中を共にし、政治の話などに花を咲かせたが、ひとりも共和党支持者はいなかった。それは、アジアやアフリカを旅していても同じである。国際的になることだけが良いことだとは思わないが、他の国に、しかも、他の国で普通に暮らす人々の生活に目を向けているという点が共通するだけで、共通する一つの価値観があるのだろうと思う。自分が訪問し、友達ができた国を敵に回す気にはならないし、ましてや武力攻撃する気には絶対にならない。
(2008年 「まなぶ」 10月号掲載) 

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*「グアテマラの一大バナナ出荷港プエルトバリオスにて。デルモンテ、ドールといったよく知る名前のコンテナが並ぶ・・・。」

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*「「すべての兵舎を博物館に」を合い言葉に、現在は国立博物館になっている元陸軍司令部。壁には内戦の弾痕が残る。」

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ロースクールと法律家と

ロースクールと法律家と

 コロンビア大学ロースクール(CLS)を2008年5月に卒業した。今回は、米国におけるロースクールについての雑感、そして法律家(Lawyer)の存在についての雑感を書いてみたい。それは、Lawyerだらけの国といわれる米国社会の特徴的な一面でもあると思う。

■米国におけるロースクール
 米国では、4年間の大学(学部)の後に、一度社会で働き、その後、プロフェッショナルスクールと呼ばれるビジネススクールやロースクールで学ぶ者が少なくない。日本の大学院の「難しい研究に年月をかける」というイメージよりは、語弊を恐れずにいえば、こちらのプロフェッショナルスクールは同じ修士号取得であってもその分野で活躍するために必要となる、より一般化されている学びの場である。
 米国で弁護士になるのは日本に比べて簡単である、と耳にしたことがあるかもしれない。NY州で弁護士になるには、主として、3年間ロースクールに通ってJuris Doctor(JD)という学位を取得し司法試験を受ける方法と、海外で既に法学教育を受けた者が1年間米国のロースクールで学び、LLMという学位を取得して司法試験を受ける方法がある。NY州司法試験の合格率は7割程度であり、ハーバード、コロンビアのような上位校の合格率は95%以上と聞く(外国人合格率は40%を切るが)。
 日本では、戦後以来続いてきた司法試験が、難しすぎる(合格率2~3%前後)、知識ばかりをマニュアル的に覚え社会に役立つ法律家が育たない等といった理由で廃止に向かっており、2004年4月には米国式のロースクールが導入された。なお、新制度が導入されて2年目の2007年新司法試験では、合格率は40%であった。

■ロースクールでの勉強
 こちらのロースクールの授業は実に多様である。憲法・契約法・不法行為法・刑法といった必修科目の他に、2,3年では選択科目を受講し、ビジネス、ファイナンス、刑事法、家族法、そして、私のような国際人権など、それぞれが、自分が将来進みたい分野を中心に授業を選択する。
 日本のロースクールでは、司法試験の合格率が高くないこともあって、司法試験科目以外の授業を選択する学生が極端に少ないと聞く。また、授業で、教授が司法試験と関係のない内容を教えて、「そんなことは試験に出ないから、授業でやらないで」と学生にいわれて授業内容を変えざるを得なかったとか、そして、学生の生活も朝から晩まで司法試験科目の勉強ばかりである、とかそういう話を耳にする。
 しかし、こちらのロースクールで、様々な分野の豊かな内容の授業を受け、存分に議論を楽しんだ後では、せっかくの機会を日本のロースクール生は逃している気もしてならない(もっとも、日本の「弁護士」と、こちらの「Lawyer(法律家)」の位置づけはかなり違うものであると思うので、単に合格率をどうこうすればいいという問題ではないと思うが。)。
 もっとも、こちらの学生も、ものすごく勉強をする。特に、1年生の成績は就職に大いに関わるため、1年生は死にものぐるいである。「期末試験で気が狂いそうになり、極厚の教科書をピストルで射貫いた」という歌すらあるらしい・・・。ここで踏ん張って、「勝者」になれば、弁護士一年目にして年収1500万円~2000万円が待っている、というわけである。

■豊富な授業選択
 CLSでは、年間、実に350(!)近い授業の中から、受講したいコースを選択することができる。豊富さの一例を挙げてみよう。
 私は人権を専攻しているが、タイトルに「Human Rights」という語を含むゼミ・授業を検索したら、10個みつかった。国際人権、グローバリゼーションと人権、人権と文化における問題(Human Rights & the question of Culture)、国内法・国際法における人権侵害への賠償(Human Rights reparations under domestic & international law)、人権と法と開発、国際人権の提言活動(International Human Rights Advocacy)、生殖に関する健康と人権(Reproductive health & Human Rights)、国際ビジネスと人権、ヨーロッパ人権条約、ヒューマン・ライツ・クリニック、である。日本では、人権とタイトルする授業が3つもあれば御の字であろう。
 もちろん、タイトルにHuman Rightsとつかないが人権に関係する、という科目はさらにたくさんあり、ごく一部だけ取り上げてみても、表現の自由(Ideas of the First Amendment)、移民法、他文化・社会と法(Multiculturalism, Society & The Law)、新しい形の公益的提言活動(New Forms Of Public Interest Advocacy)、医療へのアクセス(Access To Healthcare)、メンタルヘルス法(Mental Health Law)などと、あげればきりがない。

■人権クリニック
 多くのロースクールには「リーガル・クリニック」があり、そこでは、実務家のアドバイスを受けながら、学生が実務を体験することができる。
 私は、1年間、ヒューマンライツクリニック(HRC)に参加し、その中でFOIA(Freedom of Information Act・情報自由法)のプロジェクトに関わった。
 FOIAとは、日本でいう情報開示請求についての法であり、米国の人権弁護士の最強の武器である。この情報公開請求は、CIAやFBIといった高度な秘密組織を含む米政府の中にある、通常では全く国民の目に触れないような膨大な資料の開示を可能にする。グワンタナモの拷問や、イラク・アフガン戦争における政府や民間企業の責任など、多くの衝撃的事実が、この情報開示を通じて人権NGOの弁護士の手により世界中に明らかにされてきた。
 私が関わった情報公開請求は2件。グワンタナモ等の収容者の国外追放の際に、拷問などが送り先の国で行われないようにという外交保証(Diplomatic assurances)の件と、コンゴの内紛についての米政府の関与を開示させる件であった。資料の多くが非開示との回答であったり、また、墨塗りで開示されたりし、行政段階での再審査請求をしたあと、訴訟を提訴する。1年では訴訟までは進めなかったが、実際に関われる物事の大きさには常にわくわくが止まらなかった。
 HRCでは、他にも、インドのサッカーボール工場での児童労働問題、米州人権委員会に係っている米国内のドメスティックバイオレンスの事件、NY市内のレバノン移民の問題などなど。学生が、インドだ、コンゴだ、赤道ギニアだ、と調査にも出かけ、その報告を受けるのも大変楽しかった。コンゴ調査の報告では、コンゴの外務大臣にあって直接交渉をした、という話もあり、できることの大きさを実感したこともある。
 クリニックは、これからその分野で働きたいという学生には、現場を見ることのできる大変良い機会であると思う。CLSには、HRC以外にも、子どもについての提言クリニック(Child Advocacy Clinic)、環境法クリニック、デジタル時代における法律家クリニック、調停クリニック、NPO(非営利団体)・スモールビジネスクリニック、性とジェンダーのクリニックがあった。
 日本のロースクールでもクリニックを設置し、学生に実務体験をさせているところは少なくないが、これだけ充実しているところは、あまりないのではないか。

■卒業後の進路、そして公益的活動に対する姿勢
 卒業後は、多くがビジネスロイヤーとして、大手法律事務所に就職する。また、企業に就職したり、政府に入ったり、裁判所の裁判官のクラーク(日本にはない制度。裁判所書記官(?)のようではあるが、判決を起案したりする)になる人も一定数いる。人権NGOで働きたいという希望も、給料がビジネスロイヤーの2~5分の1になるにもかかわらず、根強い。しかし、人権NGOでの就職は、NGO数が少なく(ほとんどない日本に比べれば、比ではないが。)競争率が激しく、何年待ちとなることも多い。学費が高いため(年間学費だけで450万、他に生活費。これが3年間)、公益的活動を望む学生の多くは、一度、大手事務所に進むことが多い。それでも、公益活動を行いたい、人権問題に取り組みたいという学生は、粘り強く道を模索している。

 米国のロースクールが日本の司法研修所と違う(と私自身が一番感じた)のは、人権問題に取り組みたい!ということを堂々と口にして生きていけるコミュニティであるということである。私は、日本の司法修習所にいたとき、「人権問題に取り組みたい」と真っ正面からどれだけ語ってこれただろうか。私は、そのことで、偏った考え方の持ち主であるとレッテルを貼られるのではないか、嫌われるのではないか、ということを常に気にしていたように思う。気にしすぎかもしれない私の周りには、大手のビジネス系事務所に就職することが一番であるというような、何となくの雰囲気が常に漂っていたような気がする。

 ここでは、公益活動・人権活動を行うサークルは3年間、常に活発である。私の心に一番残っている米国人学生の友人の言葉は、「収入も少ないのに、社会的に有意義な公益的仕事についている弁護士を、みんなが尊敬しているよ。仮に自分がならないとしても。」というものである。(2008年 「まなぶ」 9月号掲載)

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*「歯学部が巨大歯ブラシを持って卒業式に望む。ロースクールは裁判官のハンマー。
医学部は聴診器。ビジネススクールはお金・・・」

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