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イラン大統領が大学にやってきた!!!!


弁護士猿田佐世

 アメリカの一番の嫌われ者が大学にやってきた!

 今、間違いなく、(ビンラディンを除けば)アメリカ人に一番嫌われているのはイラン大統領アフマディネジャドである。

 私の通うコロンビア大学には、毎年9月の国連総会の時期、NYの国連本部にやってくる各国大統領が何人も来校して講演をする。学生も慣れたもので、授業の合間に覗いては楽しんでいる。
 しかし、今回のイラン大統領の来校は、訳が違った。
 一瞬で入場券が無くなったと思ったら、招致反対派から興奮したメールの山。「そんな悪者を呼ぶな!」「世界中からコロンビアが大統領支持だと思われてしまう!」「反対行動に参加せよ!」大学からは冷静な行動の呼びかけ。とともに、大学は学びの場であり反対者とも議論をすべき云々の声明が発表される。ロースクールの学生議会も声明を出すべく緊急会議を開いたが、意見がまとまらず。その後も多くのメールが大学中を飛び交い、講演参加希望者が殺到して、大学はアウトドア・スクリーン設置を決定。

■イラン情勢(アメリカ情勢というべきだと思うが)
 実は、大学は、昨年も大統領を招致したが、あまりの反対意見の多さに招致を撤回したという過去があるらしい。何でこんな騒ぎになるのか。
 要するに、イランが核開発を行っていて、アメリカはイランの核兵器保持を止めたいという図式である。アメリカは、イランを次の攻撃ターゲットとしているから、この図式に、イランの多くの人権侵害状況がぶら下がる(イラク・フセイン政権でもそうであったように)。反政府活動家の長期拘禁、女性の人権の蹂躙、ホモセクシャルの死刑など、様々な指摘がなされる。加えて、イラン大統領がイスラエル批判を強めており、ナチスのユダヤ人虐殺に疑問を投げかける発言をしたため、ユダヤ人が政財界の権力を占めるアメリカでは、批判が瞬く間にエスカレートした。
 この世論を喚起し攻撃準備を進めるアメリカ政府の姿勢に対し、「二度目のイラクを出すな!」との反対の世論も高まる。
(ちなみに、昨年の国連来訪の際には、イラン大統領がブッシュ大統領に会談希望を伝えたが、ブッシュがそれを無視している。)

■フリースピーチ
 9月24日当日、私はデジカメを買いに走り、大学に駆けつけた。案の定、普段は静かなキャンパスが、大変な人だかりであった。
構内に入るのを学生に限り、警察にIDを見せねば入構出来なかった。門の外では人々が抗議行動を行っていた。「アフマディネジャドはイランの真の代表ではない!」というバナーを掲げて抗議をする者、ブルカを被ったイラン女性の格好をして「女性の人権を確保せよ」と抗議をする者、イスラエルの旗を持って抗議をする者、それらの者に対して「戦争は解決方法ではない、会話が必要だ」との看板を持って対峙する者・・・。その対峙の横を、「フリースピーチ!フリースピーチ!」と大きな声で通りすがる者があり、その者に対してデモ隊が怒鳴り返して、一触即発状態・・・。
 キャンパスに入ると、そこら中にチラシやポスター。イランでの死刑や拷問の被害者の無惨な写真、「この大統領はホロコースト(ユダヤ虐殺)は神話だと言った」とのポスターから、ブッシュ批判・戦争反対のチラシまで、その主張は見事に様々な方向からなされていた。
 さっそく学生のラリー(公開討論会)を見に行った。ユダヤ人の学生サークルが「大統領も許し難いが、招致した学長も同罪だ!」と大声を張り上げ、コロンビア大学共和党(こんな学生サークルまである)などもそれに続いた。反対意見ばかりが過激に展開されるかと思いきや、同じく学生サークルのアムネスティ・コロンビアやACLU(人権団体American Civil Rights Union:日本にも姉妹組織のJCLUがある。)なども登場し、「大学はフリースピーチの場である。」「大学の勇気に感謝する。」との意見を述べていた。

■学長の講演と大統領の講演と
 そして、いよいよ講演である。世界中のメディア(NHKも来ていた)が殺到し、警察が学校の周りを警備し、空にも警察のヘリコプターが旋回しての講演となった。何千と学生が集まり、キャンパスは興奮に包まれていた。
 講演は、まずホストのコロンビア学長の挨拶から始まった。が、これが、すごかった。イランバッシングを大展開。「なぜ、テロリストを支援するのか。」「あなたはイスラエルは存続すべきでないと言ったが、コロンビア大学はイスラエル人の卒業生を多数排出し、イスラエルと強いつながりを持っている。コロンビア大学も消え失せろと言うのか。」しまいに、大統領を「つまらない冷酷な独裁者(petty and cruel dictator)」と言ってのけた。一国の大統領を招いておいて、ここまで侮辱するかという内容に、学生の半数はその度に沸き拍手喝采であった。大統領でなくても、「私は招待されてやってきたゲストだ。イランではゲストを呼んだときはゲストを尊重する。」と言いたくなる状況であった。
 大統領の講演はこれへの反論の形となった。内容は、それまで耳にしてきた報道に比べて、きわめて丁寧であった。ホロコーストの点も「さらなる事実の検証を行うべきと言っているだけ。」イスラエルについても、「言いたいのは、パレスチナ人もユダヤ人も自由な国民投票で自分たちの将来を決められるようにすべきである、ということ。」等と答えていた。オブラートに包んだ物言いもあり、時に、直接の回答を避けたところもあったが、冷静な対応は少なくとも血の気の上った学長よりは心に訴えた。先ほど拍手がまばらだった残りの半数の学生は、大統領のアメリカ・イスラエル批判に沸き、興奮の拍手を送っていた。
 その後、学生の質問が続いたが、その質問が何ともストレートで非建設的であった。「イスラエルを滅亡させるつもりですか、YESかNOかで答えてください」「なぜ核兵器作成が可能な開発を続けるのですか。」

■つるし上げ?
 概して、イスラエル人とアメリカ人以外の感想は、大統領の前に学長がなぜそんな侮辱的な挨拶をしたのか、ということに尽きた。講演会は、大統領をつるし上げる会と成り下がっていた。ニューヨークタイムズによれば、イランではこの講演は「大統領の完全勝利!」と報道されたようだが、全くその通りであったと私は思う。イスラエル人とイスラエル支持派のアメリカ人は、頑なに「イランはやっぱり許せん」と、講演の前後でその興奮の態度に変化はなかったけれど。
 次の日の国際政治学の授業では、真っ先にこのことが話題に上がり、「なぜ学長があの態度を取ったのか。」という質問に対し、大統領招致担当の一人であるマイケル・ドイル教授(前国連事務総長コフィ・アナンの顧問)は、「招致した大学への風当たりが強すぎ、あのような導入をせざるを得なかった」と解説をした。NYはユダヤ社会が強い。本来、コロンビアはリベラルで知られ、今の学長も比較的リベラルであると聞く。その学長にそこまで言わせたアメリカの世論とは・・・。

■表現の自由への尊敬の念
 私は、この講演を友人2人・・・インド人の学生(少数民族のために戦っている弁護士)と、ジンバブエ人の学生(腐敗政権に対して裁判を次々起こし、故に脅迫を受けて国を逃れてきた弁護士)と聞いたが、インド人の学生が、「アメリカの好きな点はほとんど無いけど、この表現のフリーマーケット(自由市場)については本当に尊敬する」とぽつりと言ったのが、強烈に耳に残っている。
 それは本当にすばらしかった。大統領来訪が決まり、キャンパス中が議論をし公開討論会で様々な意見が飛び交う。チラシを作りメールを送って他の者に働きかけようとする。当日も、一言一言に賛同の意や反論の意を体中で表す。イランに対する意見はもちろん、自国米政府の政策にもはっきりと意見を持ち、意見を戦わせる。キャンパス中が、「フリースピーチのマーケット」であった。
 これは、この日に限ったことではなく、常に、何か政治議論が話題にあがれば、学生はひとしきりそのことでの議論を楽しむ。
 アメリカでは、みなが表現の自由を謳歌し、法・政治的にも、「表現の自由(合衆国憲法修正1条)」を、憲法上保障される権利の中でももっとも神聖なものとして取り扱っている。現政権には重大な問題があるが、「表現の自由」がアメリカ人のプライドとして根付いている事実に間違いはない。

■疑問
もっとも、この感激にもかかわらず、私は、アメリカに対する苛立ちも強く感じていた。
 イラン政府に非難されるべき点があるのは事実であろう。が、学長による激烈な冒涜と、アメリカ人の異常な興奮ぶりは、いったい何なんだ。
 「あなたたち、イランの何様?」
 「何をどこまで知ってて、そこまで言ってる?」
 どうして、みんなして、他国のことに、反対意見を言う者につかみかかろうとする程までに必死になるのか。意見を交換する姿は心の底から羨ましく思う。怒りを抑えて考えてみると、アメリカ(というよりNY)は多民族国家なので、イスラエル人も反イスラエルの中東の人々も多く生活している。イラン人もいる。彼らはまさに当事者意識で問題に取り組む。だから、皆、真剣になるのだろう、とは思う。世界中の問題の当事者がアメリカには存在する、のだろう。だからアメリカではどの国際問題についても、みな当事者意識を持つ、のかも知れない。かなり遠慮がちな見方。
 いやしかし、当事者であればもう少し生産的な会話をしたらどうだ?質疑応答からも明らかであるが、意見の違いが平行線で交わらない。何も産まない。発言者もその場が何かを産むことを期待していない。歩み寄り、折衷、解決という姿勢は全くない。
 アメリカ人には、「世界中のことは自分たちが全て決めてきたし、それで世界の流れは決まってきた」という意識が根付いている。イラクの時も、結局、好きなだけ議論して、数の論理で制圧して爆撃を始めたのだろうと、容易に想像できた。
 十分な保険に入れず医療が受けられない人が4千万人もいる国。
自分たちの問題の解決策をもっと生産的に考えた方がいいんじゃないか?
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(2007年 「まなぶ」
12月号掲載)

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